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プロフィールという名の、僕のギター人生についてちょこっと。

こんにちは。

プロフを見てくれてありがとうございます。

六弦祐介です。
あ、これはペンネームですけどね。

ろっくんでもOKです(笑)


15歳の頃、家にあったアコギを弾くことからギター人生が始まりました。
(や、実際最初にさわったのは2歳らしいですが、記憶にはなく写真の記録によるものです)

最初は弾き語りからスタート。

16歳でアルバイトし、エレキギターを買う。
(この辺りはブログで掲載してる部分もあるので、割愛します)
17歳から本格的にギタリストを目指し始めるも、公務員の両親のため「いい子」を演じ続け、
専門学校を断念。国立大学に進みました。

大学が田舎にありすぎて音楽人口が非常に少なく、仲間がいなかったので、月一回東京に通い、仲間を作りました。

大学はちゃんと4年で卒業し教員免許まで取りました。
卒業後は、東京にきっちり進出し、ストリートライブを展開。

その後様々なコネクションを作り、プロのギタリストの方々ともお話できる位置にこぎつけました。
アレンジャーのR氏や、某プロデューサーK氏に付き、今も面倒を見てもらっています。

10年前は目も当てられないほど、へたくそでした。

タイトル通り、10年以上ギターを頑張って練習してきた私です。
念願のプロのギタリストとして、バンドをやっています。
けれど、最初の10年、一向にうまくならなかったのです。
何度も「才能がないんだ、やめようかな…」とか
「向いてないよ!もう10年やってるのに!」とか、ネガティブなことを考えました。
バンドの先輩とツアーに回ったときも、
「お前、へたくそだな!ギタリストの「ギ」の字にもなってない」と言われ。
同期のギタリストには
「本当に練習してるの?それであんななの?まじめにやってないんだろ」と非難され。

だけど、私は誰よりも練習していたんです。
バンドだけでは食べることができず、バイトをして帰ったらギター練習をし、
その繰り返しでした。
なにより、ギターを触っている時間が楽しかったんで、別に苦労だとは思っていませんでした。
けれど、根本的に間違っていたという事にある日気が付きます。

ギターがへたくそなだけではなく、「アーティスト」としての思考が全然なっていないことも、周りの人々に散々こき下ろされました。

「まじめすぎる」
「固すぎる」
「面白くない」

そう言われながら、それでも私は諦めることができませんでした。
自分は「ギタリスト」として、ちゃんとやれているつもりだったんです。
なぜなら、ステージに立つこともできたし、ファンもついていました。
メイクをすればそれなりに見た目も悪くなかったし、バンドそのものもメンバーに恵まれて、どんなに下手でも超練習頑張ってる、ということだけで生き残れていたんです。

そこに甘んじて、約10年、私は「ギ」のまま、ギタリスト人生を歩んでいました。


今では恥ずかしい話です。

ギターを弾かないギタリスト。
というのもまぁ、存在はしますが(某金爆のように)
自分がなりたかったギタリストではなかったのです。

本当は、「表現したいこと」があったんです。
だから必死で練習しました。
だけどなかなか、それを表出することができませんでした。
なぜなら、「着地点」が曖昧過ぎたから。

ギターを弾くにあたって必要なことは、「表現したいこと」「こう弾きたいんだ!」という音像。
自分の中にしっかりとなければ、それを出すことができません。
それをはっきりと自分で分かっていなければ、いくら練習してもダメだということに気が付いたのです。

つまり、練習という事を完全にはき違え、ただただ、ギターをつま弾いていただけ。

「練習」というものはそうではない、と気づかされたのは、今のお師匠についてからです。

練習とは…できないことをできるようになること。

そう思ってから、事態は急速に変化し始めたのです。
簡単なことかもしれませんが、当たり前のことかもしれませんが、

日々ライブを行なっているとわからなくなってしまうものです。
自身の何が悪いのか、つまり調子に乗ってしまっていたんです。

練習の大切さ、心の置き方、そういうことをここでは語っていきます。

そして同じように、躓いたり、迷ったり、自分の殻に閉じこもってしまったりなど、そういう時って誰にでもあると思うんです。

そういう人の助けに慣れたら嬉しいです。





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